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この浮かれようである。
三億年ぶりにブログ書いてみようと思いました。
なんでなのかというと、今回のこの生誕50周年の大泉洋さんのリサイタルに行くこと、行ったことによりいろいろと思うことがあったわけです。しかし、Twitter(X)の文字制限に阻まれ簡潔にまとめざるを得なかったので、こちらに認めることにしました。なんだか、今日思ったことを忘れないように書いておいたほうがいいような気がして。
なので、少し長くなりますのでお時間がある方、興味のある方のみお進みください。すみません。
まず昨年のチケット抽選の段階から、当たらないかなあ当たらないかなあと楽しみにしてました。武道館は絶対当たらないだろうなと思っていたので、福岡にかけて当選を願っていました。
今思えばこの時間からすごいことだなと。
そして、見事当選。軽い気持ちで誘ってみたらまさかの行くと言った劇団員の上琴絵(おっかあ)と共に本日参戦しました。
私、熱狂的になにかを応援するとかしたことないと思っていて、上には上がいるし、TEAMNACSという団体が好き。…でも出てる作品、番組を全部観れているわけでもない。応援というかただ私が好きなだけでファンというほどではないと思っていました。
ですが、1月の今日というこの日を楽しみに生活していたし、今日は朝早くからお出かけの準備をしてワクワクで出発。道中おっかあに今日歌うのではないかと思う曲の予想と説明。開演して照明を浴びて登場する大泉さんをみて歓声。様々な曲や演出をみて聴いて湧き上がる歓喜。
え?めちゃくちゃファンじゃない?
おっかあに「十分ファンだよ。ファンしてるいくみちゃんを見て楽しいよ。」と言われました。
Tシャツ、マフラータオル、パンフレットとか買ってて。いやどっからどう見てもファンやん。
大泉洋さん。すごすぎる。
自分で言うのもなんだけど、こんなに何かにはまらない私が子供の頃の親の影響とはいえ大人になってもいまだに好きでい続けているって。約20年?くらい?え。こわ。
ぐだぐだずっと書いてますが、
何が言いたいかと言うと。
大泉洋さんの凄さと
エンタメの凄さを痛感したと言うことです。
古参のファンも新規のファンもいることをしっかりトークした後に、ここには俺のファンしかいないからとはっきりおっしゃってたのが印象的でした。
ファン歴とか関係ないし、全部まとめて大切に思っていることが伝わる一言だなと。
自分も規模は違えどエンタメ活動をさせてもらっている人間として一度もそこに差を感じたことも意識したこともないはずなのに、いざ自分がファン側に回った途端そーゆーことを考えてしまっているのかあ。とか。
映像ではなく生身の強さとかエネルギーとかってほんとにすごいなって。1階席とか3階席とか関係ないなって。歌唱力もトーク力もエンタメ力ももちろん全てが秀でてらっしゃるんだけど、そんなことよりも人間力だなって。なんて魅力的な人間なんだろうと目が離せませんでした。
母が「次また会える日まで死なずに頑張って生きる」ってよく言っているんですが、これがエンタメの力なのかなあとか。
いつか彼のように、チケットが当たるかどうかで一喜一憂させられ、当日観に行けることを楽しみに生きることができるような希望を与えられ、いつか来る次の公演の日を楽しみにまた毎日を頑張れる力を与えられる日が来るのだろうか。
仮に、今そのような存在が少しでもいたとして、最大限を私は伝えられているのだろうか。
20年後、今の大泉さんと同い年に私がなった時、一体私は何者なのだろうか。
とか。
読み返してみたけど、まとめるの断念。
私の私のためのメモということで。
以前ある映画の撮影でほーーーんの少しご一緒した時の嬉しさ悔しさを絶対忘れないし、あの時決めた目標はいつか絶対叶える。それをまた鮮明に思い出させてもらった1日。
20年前の出会いと20年後の自分について思いを巡らせた1日でした。
暗い感じに感じる?伝わりにくいかもしれないけど、めっちゃポジティブな話のつもりだからね、笑
明日からまた頑張ろう。